- 独往孤来俗不斉
- 独往 孤来 俗と 斉しからず
- 山居悠久没東西
- 山居 悠久 東西 没し
- 巌頭昼静桂花落
- 巌頭 昼 静かに して 桂花 落ち
- 檻外月明澗鳥啼
- 檻外 月 明らかに して 澗鳥 啼く
- 道到無心天自合
- 道は 心 無きに 到りて 天 自ら 合し
- 時如有意節将迷
- 時に 如し 意 有らば 節 将に 迷はんとす
- 空山寂寂人閑処
- 空山 寂々と して 人 閑なる 処
- 幽草芊芊満古蹊
- 幽草 芊々と して 古蹊に 満つ
(3)この 詩は 大正五年 九月三日の 作で、当時 小説 『明暗』を 執筆中の 漱石は、*俗了 された 心持を 洗い流す ために 漢詩を 作った もので ある。漱石に とって、大きな 救いと なったで あろう ことは 想像に 難く ない ところで ある。

私は 世間と 妥協 する こと なく、孤独の 人生を 歩んで 来た。山中の 生活も 久しく なって (4)今では 方角さえ わからない。真昼 静かな 岩の ほとりには もくせいの 花が こぼれ、月の 明るい 手すりの 外には 谷川の 鳥が 夜も さえずる。人の 道も 私心を 去れば 天の 道と 一致 しよう。時間に もし 私意が あると したら、季節も 混乱 して しまうだろう。この ひっそり した 山中の、*閑適な 暮しの あたりには、名も 知れぬ 草が 生い茂って、古い 小みちを おおいかくして いる。

(和田 利男 「漱石の 漢詩」に よる)
〔注〕
加賀
江戸 時代に 加賀国 (石川県)、能登国 (石川県)、越中国 (富山県)を 領有 した 藩。
東大の 予備門
東京 大学に 入学 する 前の 準備 教育 機関。
『唐詩選』
唐代の 漢詩 選集。
俗了
俗っぽい 気分に なる こと。
閑適な
心 静かに 安らかな こと。